アニメ虹ヶ咲の感想文 8話 -桜坂しずくちゃんの想い-

 「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」のアニメ第8話を視聴しました。7話の次回予告からすでに不穏な空気はありましたが、なかなかに深く思い内容のしずくちゃん回となっていました。

 今回の話では、しずくちゃんの内面に焦点が当てられていましたが、スクスタでの展開とはかなり異なるものとなっています。ざっくり言うと、スクスタでは「桜坂しずくというひとりの人間によるスクールアイドルとは何か?」であるのに対し、アニメでは「桜坂しずくというひとりの人間の本当の姿とは何か?」と、より内容が抽象的かつ哲学的なものになったという印象です。また、スクスタでは「演じる」ということが単純に好きである少女として描かれていましたが、アニメでは「演じる」ことで自分を守っていたという設定が増えた(変更された)というのは非常に大きな違いであると思います。

 アニメの中では、しずくちゃんの葛藤を表すように白い衣装を着たしずくちゃん(以下「白しずく」)と黒い衣装を着たしずくちゃん(以下「黒しずく」)ちゃんが語り合う場面が数度訪れます。はじめは黒しずくちゃんには、しずくちゃんの負の側面が投影されていると思って見ていましたが、前半の終盤では「自分を曝け出して嫌われるのが怖い」という気持ちだけでなく「自分を曝け出してみんなの心に届く歌を歌いたい」という気持ちも黒しずくちゃんは語るようになりました。
 では、何がきっかけで黒しずくちゃんの語る内容に変化が生じたのかというと、それはやはり一年生組と一緒に遊んだということでしょう。ここでは、昔の作品が好きだという周囲に隠していた嗜好や、演じているときは自分のことを忘れられるといったことを、少し曝け出してしまったしずくちゃんが描かれています。思わず口からこぼれてしまったように自分のことを話したしずくちゃんの様子を見ると、彼女自身は本当の自分のことを誰かに知ってもらいたいと心の底では思っていたように感じます。とすれば、黒しずくちゃんの役割というのは負の側面を担うだけでなく、しずくちゃんの精神全体の動きを表していたのだとこの時気づきました。

 この後、「嫌い、こんなわたし」と自己嫌悪に陥るしずくちゃんですが、ここまでの流れから「こんな『わたし』」とは、多くの意味をもつ言葉だと感じました。たとえば「嫌われることを恐れて自分を曝け出せない『わたし』」「そのくせ、誰かに本当の自分を知ってもらいたいと思っている『わたし』」といった、「どっちつかずの『わたし』」に嫌悪感を抱いているように私は思います。
 しかし、璃奈ちゃんが「今のしずくちゃんしずくちゃん」と言っているように、どんな『わたし』も『桜坂しずく』の一側面であることに変わりなく、たくさんの『わたし』によって『桜坂しずく』というひとりの人間が形成されています。その『わたし』の中には、いじっぱりだったりガンコだったりと、人から嫌われてしまうかもしれない性質の『わたし』がいます。それでも、それらを全てひっくるめて「わたしは、『桜坂しずく』のこと大好きだから!」とかすみちゃんが言ってくれたことが、しずくちゃんの沈んだ気持ちと隠していた自分を引っ張り上げてくれたのだと思います。

 そして舞台に上がったしずくちゃんは、役を演じながら、自分の心の中を吐露していきます。実際の舞台にも白しずくちゃんと黒しずくちゃんがおり、演出としてふたりのしずくちゃんが一つになって、ふたつの衣装を混ぜ合わせたような衣装をまとったしずくちゃんが現れます。この時、同好会のメンバーが贈ったチョーカーは変化せずしずくちゃんの首で輝いています。
 このチョーカーには「仲間の証」と「桜坂しずくの証」という意味が込められているように思いました。前者については、しずくちゃんにはしずくちゃんを大好きな仲間(味方)が常に一緒にいるというメッセージ。後者については、スクールアイドルでも、演劇部でも、仮面をかぶっていても、本心を曝け出しても、どんなしずくちゃんでも『桜坂しずく』であることに変わりはないというメッセージが、衣装が変わっても変化しないチョーカーに現れているように感じました。

 ライブパートで披露された曲は「Solitude Rain」。直訳すると「孤独の雨」のような意味になりそうですが、Solitudeには「さびしい場所」を指す使い方もあるそうなので、今回しずくちゃんが主演を務める公演の演目名にもなっている「荒野の雨」ともとれる曲名となっています。この曲は舞台での演出面が非常に印象的で、しずくちゃんの背後にみっつの影が伸びるように照明が当てられています。この影がそれぞれ何を意味するかは様々な意見があると思いますが、私は「エス・自我・超自我」であると考えています。これらの詳細は割愛させていただきますが、ここではエス(本能)、自我(エス超自我の調整)、超自我(理性)という形で扱います。しずくちゃんにとってのエスは「本当の自分を知ってほしい」、自我は「いい子を演じる」、超自我は「本当の自分を出して嫌われたくない」だと私は考えており、この全てが『桜坂しずく』を構成する上で欠かせないものだと思っています。曲の最後にはみっつの影がしずくちゃんの下に集まって一つになるというのも、これまでの葛藤を経て「本当の自分を曝け出す」というひとつの答えを出したというように捉えることができ、エス・自我・超自我が調和した結果だと感じました。(心理学的な話をもうひとつすると、黒しずくちゃんが仮面を着けていたのは、パーソナリティの語源である「ペルソナ」に由来してるのかなとか思いました)

 本当の自分を隠す、という行為は誰しもが一度はやったことがあると思います。しかし、「本当の自分を知られたくない」と思うのと同じくらい「本当の自分を知ってほしい」という想いは強いものです。そして、それは同時に「本当の自分を受け入れてくれる人」を望む想いでもあります。アニメでは、かすみちゃんをはじめとする同好会のメンバーは自分を受け入れてくれると信じることができたからこそ、しずくちゃんは本当の自分を曝け出すことができたのでしょう。改めて虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の絆の深さを感じさせてくれる内容だったと思います。
 次回はおそらく個人のメンバー回ラストとなる果林ちゃんの回です。「仲間でライバル」というこのアニメのキャッチコピーにもなっているタイトルですが、どのような内容となるのか、次回の放送も楽しみにしていたいと思います。

 

 

余談
 今回のタイトルである「しずく、モノクローム」ですが、白と黒のしずくちゃんが出てくることと、しずくちゃんが好きな昔の映画はモノクロだったこととかかっているんでしょうか。また、モノクロの映像は白と黒の両方があって初めて成り立つものなので、「自分を曝け出す」ことと「自分を隠す」ということはどちらもしずくちゃんにとっては必要なものだった、という意味も含まれていたのかもしれません。

アニメ虹ヶ咲の感想文 7話 -近江彼方ちゃんの想い-

 「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」のアニメ第7話を視聴しました。今回は彼方ちゃん回でしたが、妹の遥ちゃんも内容に深く関わってきていたので、近江姉妹回とも言える話だったと思います。

 彼方ちゃんと遥ちゃんの姉妹の会話から今話は始まりました。遥ちゃんが次のライブでセンターを務めることになったという報告を自分のことのように、ともすれば自分のこと以上に喜んでいる彼方ちゃん。そして、二人の会話から場面が切り替わって寝室では遥ちゃんが寝る態勢に入っているにもかかわらず、彼方ちゃんはまだ机に向かって勉強をしている様子でした。さらに、翌朝も遥ちゃんが起きてくる頃には、彼方ちゃんはすでに朝食の準備を進めていました。この時に「今朝はずいぶん早いねぇ」と言っていることから、彼方ちゃんはかなり早い時間から起きていたことになります。そのため、彼方ちゃんの睡眠時間はかなり短く、普段の同好会でみせる「いつも寝ている彼方ちゃん」の姿は見られませんでした。
 後に遥ちゃんの口からも語られるのですが、彼方ちゃんは家族(特に妹の遥ちゃん)に負担をかけまいとして、バイトを掛け持ちしながら、空いた時間には奨学金をもらうために勉強に励み、日々の食事も作るなど、非常に多忙な生活を送っています。ただ眠そうなキャラ、というだけではなく、どうして眠ってしまうのかの背景がしっかりと描かれ、それが彼方ちゃんのアイデンティティにも繋がっているのは、彼方ちゃんの大きな魅力だと思います。この点はスクスタで語られていたころからとても好きな要素で、アニメで改変されなくて良かったと切に思いました。

 話の中盤では、彼方ちゃんが無理をしていると感じた遥ちゃんがスクールアイドルを辞めると言い放つ場面があります。この後、彼方ちゃんが同好会のメンバーにどうすればいいかを相談するのですが、ここで璃奈ちゃんが言った「似たもの姉妹」という言葉が、近江姉妹の関係性を最も端的に言い表していたと思いました。彼方ちゃんは「遥ちゃんが好きなことを好きなようにできる」ように様々なことをしています。しかし、その想いは遥ちゃんも同様で、「お姉ちゃんが好きなことを好きなようにできる」ことを望んでいるのだと思います。だからこそ、同好会で楽しそうにしている彼方ちゃんを見た遥ちゃんはうれしく感じたのでしょう。そして、そんな彼方ちゃんの姿を見て、自分がお姉ちゃんの枷にならないようにしたいという想いが強まったのだと思います。

 話は進み、東雲学院のライブ直前に侑ちゃんとせつ菜ちゃんが遥ちゃんを訪ねます。このライブを最後にスクールアイドルを辞めようと思っていたであろう遥ちゃんは、彼方ちゃんの姿が見えないことに不安がっていましたが、彼方ちゃんはステージ上に、寝室の机にあったスケッチの衣装を身に纏って立っていました。
 そこで披露された曲が「Butterfly」です。歌詞の中に「ハルカカナタ」とあったり、PVの随所に遥ちゃんの姿が差し込まれたりと、まさに近江姉妹の曲となっています。彼方ちゃんが傘を持っていたのは、それまでは雨が降っていて(姉妹同士のすれ違いがあって)蝶が飛び立てなかったけれど、今は雨が止んで再び空へ舞い上がることができる(サビ前で傘を放り投げる)、ことを表現していたのかなと思います。鳥のように羽ばたくのではなく、ふわふわと舞い上がる蝶は彼方ちゃんのイメージにぴったりで、一対の鮮やかな翅が、スクールアイドルの姉妹が手を取り合って共に高く上っていく姿のように感じられます。

 ライブ後、彼方ちゃんは遥ちゃんに「スクールアイドルではライバル」と言います。一方的に守り守られる関係ではなく、彼方ちゃんとライバルという対等な関係でお互いに精一杯競い合えることは、遥ちゃんにとって最良の関係なのではないでしょうか。この対等な関係は、日常生活において助け合う関係ということでもあり、これからは互いをさらに深く知ることができるようになるのだと思いました。

 彼方ちゃんは、常に妹の遥ちゃんのことを想って日々を過ごしています。遥ちゃんのことを最優先に、自分は二の次だった彼女が見せたわがまま(果林ちゃん曰く「自分に正直」、5話を踏まえるとこのセリフを果林ちゃんが言うことに深みがあります)が今回のライブには現れていたのだと思います。普段は出さないわがままを出せる場所、それがステージであり、彼方ちゃんのライブコンセプトなのでしょう(この辺りの話はスクスタのキズナエピソードにも描かれています)。

 次回はしずくちゃん回、演劇部との関わりが主題となってきそうな予感がします。スクスタの方では演劇部との兼部といった様子は見られなかったため、アニメではどのような展開をしていくのか、次の土曜日を楽しみに待っていたいと思います。

 

 

 

蛇足
 話が進んでいくにつれて、かすみちゃんの扱いに磨きがかかってきています。今回の鮮やかな放置と、コッペパンを褒められた時の表情など最高でした。かわいいですね。

さらなる蛇足
 東雲学院の面々がスクフェスで見知った面々ばかりで、非常に懐かしい気持ちになりました。

アニメ虹ヶ咲の感想文 6話 -天王寺璃奈ちゃんの想い-

 「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」のアニメ6話を視聴しました。璃奈ちゃん回ということでしたが、これまでキャラの設定はスクスタに沿っていたことが多かったところを、今回は大きく変えてきていました。

 さて、その設定の変更点ですが、大きく二点で挙げると「感情を表すのが苦手な理由」と「璃奈ちゃんボード製作の経緯」です。
 前者についてですが、スクスタの方では「両親がふたりとも家を空けることが多く、両親を心配させないために自分一人でも大丈夫だというところを見せようと振る舞っていたら、次第に感情を表に出せなくなっていった」というものでした。しかし、アニメの方では「小さい頃から表情を出すのが苦手だった」と変更されています。この変更に関しては、スクスタの方の理由をそのまま採用すると話が重く長くなってしまう上に、「私は変われる」という本筋から脱線してしまうように感じるので、時間が限られているアニメでは致し方ないのかなと思います。
 後者については、先述した時間の問題もあるかもしれませんが、スクスタでは「紙のボード→ライブのボード」だったのに対して、アニメは「ライブのボード→紙のボード」の順番だったことが大きいと思います。愛ちゃん考案で璃奈ちゃんボードが作られたのがスクスタでしたが、アニメ中の様子を見る限りは璃奈ちゃんが自分で璃奈ちゃんボードのアイデアを考えて実行したようです。とはいえ、この璃奈ちゃんの行動は「できないことはできることでカバーすればいい」という愛ちゃんの言葉を体現するような形となっているので、璃奈ちゃんボードに愛ちゃんが深く関わっているのはスクスタの流れも踏襲されていて好印象でした。余談ですが、スクスタでは虹ヶ咲学園の生徒の力を借りながらライブのボードを製作していましたが、アニメではボード製作の詳細な家庭が省かれているため璃奈ちゃんの独力で作り上げたように見え、璃奈ちゃんの技術力がスクスタよりも跳ね上がっているように感じます。

 作中で特に印象的だった場面といえば、同好会のメンバー全員で璃奈ちゃんの家に行った場面でしょうか。部屋の中に入ったメンバーは、ダンボールを覆い被った璃奈ちゃんと対面するのですが、最初に声をかけた愛ちゃんはもちろんメンバーの誰もダンボールを取ろうとはしませんでした。たとえ顔が見えなくても心を通じ合わせることはできる、そんなメッセージがここには込められており、それは璃奈ちゃんボードの大きなヒントになったように思いました。
 また、この前の場面ではドアとカーテンを閉めるカットが入っていました。璃奈ちゃんが心を閉ざす様子を描写したのだと思いますが、その後同好会のメンバーが訪れたときには家のドアを開けています。閉めた時は手動で、開けた時は電動で行ったことが非常に印象深かったです。どちらも璃奈ちゃん自身の手によって行われたことですが、感情や表情といったものを象徴したものが「手動」、情報機器や電子機器などの操作を象徴したものが「電動」だと私は捉えています。というのも、彼女は感情表現に苦しめられていましたが、ライブでは自分の感情を電子機器によって伝えるという工夫でそれを克服しました。感情を表に出せないために自分の想いを暗い部屋のような心の中にしまい込んでしまっていた彼女が、自分が得意とする情報処理や電子工学の分野を用いることでしまい込んでいた想いをドアを開けるように外へ出すことができた、と考えると、同好会のメンバーに自分の想いを打ち明ける際に「電動」でドアを開けたことも意味をもっているように私は感じました。

 そんな璃奈ちゃんが、璃奈ちゃんボードを携えて挑んだライブで披露した「ツナガルコネクト」。サビの歌詞にある「ちがう姿、ちがう形、なのにどうして同じ気持ち」には、自分のライブを見てくれているみんなは、当然自分と姿形は違うけれど同じ気持ちを共有したいという、璃奈ちゃんがスクールアイドル活動に込めた想いを感じ、また同時に、璃奈ちゃんボードがあるのとないのとでは感情の伝わり方は違うけれど、どちらの私も同じ気持ちだという璃奈ちゃんの思いが伝わってくるようでした。サビの終わりに「いまコネクトしよう」と歌うところでは、「いま」と言う時に一瞬璃奈ちゃんの口が映りますが、ここに、ボード越しでも一生懸命自分の想いを伝えようとする璃奈ちゃんの真摯な気持ちが見えてくるようで、このライブパートで一番好きなシーンです。

 璃奈ちゃん自身は非常に感情豊かな女の子です。他の人と同じように楽しいことは好きだし、急に上級生に話しかけられると怖いと感じることもある普通の子なのですが、自分の感情を表に出すことが苦手というだけでこれまで多くの悩みを抱えてきたのだと思います。それだけに、素顔の自分を受け入れて理解してくれる、愛ちゃんをはじめとした同好会のメンバーは彼女にとって大きな心の支えになっているのでしょう。今後は璃奈ちゃんボードの多彩な表情に期待しながら、素顔の璃奈ちゃんがどんな表情をするのかにも同じく期待しています。

 次回は彼方ちゃん回のようで、妹の遥ちゃんも登場することから姉妹の関係、なぜ彼方ちゃんがスクールアイドルをしているのかといった話題に切り込んでくるのではないかと予想しながら、来週の土曜日を楽しみに待っていたいと思います。

スクスタ20章の感想

 スクスタのメインストーリーが更新され、いよいよセカンドシーズンの始まりとなる20章が公開されました。わざわざセカンドシーズンと区切っていることから、大きく話が動くのではないかと思っていましたが、想像以上に踏み込んだ内容に進んだな、というのが素直な印象です。賛否両論、といっても否の意見が多く見受けられる今回の章ですが、ここでは好きか嫌いか良いか悪いかは抜きにして感想を述べていこうと思います。

 今回の章、というよりセカンドシーズンの内容は「スクールアイドル部とスクールアイドル同好会との対立」であることは間違いないと思います。部と同好会の間には「スクールアイドル」というものに対しての価値観に大きな隔たりがあり、それが原因で対立が起こっています。また、果林ちゃん愛ちゃん栞子ちゃんが同好会から部に移っているということも一つのポイントだと思います。この内、栞子ちゃんに関してはほぼ強制的に部へ移ることになったのだと考えられます。ランジュちゃんとしては栞子ちゃんが部に来ることは当然と考えているでしょうし、栞子ちゃんとしてもランジュちゃんがあまりにも行き過ぎた行動をしないように見張る必要を感じていたのではないでしょうか(実際、監視という役割はあまり意味をなさなかったようですが)。
 一方、果林ちゃんと愛ちゃんは自分の意思で部へと移っています。とはいえこの二人の言い分を聞くと、そのキャラらしい答えというか、部へ移るのは自然な流れのように感じます。「友だちを作りたくて同好会に入ったわけじゃない」という果林ちゃんの言葉は冷たく突き放すようにも感じますが、同好会に加入した当初から「自分を高めるためにスクールアイドルをしている」というスタンスは変わっていないので、果林ちゃんのキャラに沿っていると思いました。愛ちゃんに関しても同様で、先入観をもたずに誰とでも関わろうとする姿勢は愛ちゃんの長所であり、部のことを知りたいと思うのも当然の反応だと思います。
 しかし、他の同好会のメンバーは部の勧誘を断り続けています。特に、かすみちゃんとエマちゃんは強く拒絶しています。その理由は「スクールアイドル部(ランジュ)がやっていることはスクールアイドルとは違う気がするから」というものです。まさにこの理由こそが、セカンドシーズンにおいて最も重要なことだと私は思いました。

 「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」というグループは、メンバーごとの個性を大切にして、自分だけのスクールアイドルを作り上げてきました。その中には、かわいさを追求するメンバーもいれば、かっこよさを追求するメンバーもおり、ライブ中に眠ってしまったり素顔を見せずにパフォーマンスをするメンバーまでいます。良く言えば「型破り」、悪く言えば「なんでもあり」なのがこの作品の特徴であり魅力であるのは間違いありません。
 では、「スクールアイドル部がやっていることはスクールアイドルとは違う気がする」のはなぜでしょうか。ここまで多様性を認めてきたメンバーが、部の活動は受け入れることができないのはなぜでしょうか。これには「スクールアイドルってなに?」というラブライブ!全体の根幹ともなる問いが深く関わっているのだと思います。

 ラブライブ!シリーズも十周年を迎え、今となっては「ラブライブ! = スクールアイドル」という図式を確立させています。私自身、μ'sの結成初期から追っているわけではないので、このようなことをえらそうに言えた柄ではないですが、ラブライブ!に出てくるアイドルたちは「アイドル」ではなく「スクールアイドル」と定義されます。
 しかし、ラブライブ!を全く知らない人からすれば「スクールアイドルって普通のアイドルとなにか違うの?」という疑問を抱くでしょう。高校生がアイドルをすればスクールアイドルになるのかと言われれば、それは違うと思います。これは私の個人的な意見になりますが、「学校に通う生徒が、その学校で、自分たちの力でアイドル活動をする」のがスクールアイドルだと考えています。だからこそ、μ'sとAqoursは廃校という問題に立ち向かい、A-RISEやSaint Snowを含めた他のスクールアイドルたちも自分たちで作詞作曲・衣装作成・パフォーマンスの考案を行うことに意味があるのです。もちろん、その活動の中には様々な人の助けやサポートがあったからこそ成し得たものも多くあるでしょう。しかし、あくまで活動の主はスクールアイドルたちで、周りの人々はそれを少しだけ後押しするだけに留まっています。このスクールアイドルの在り方が、アイドルを扱った他作品とラブライブ!との差異なのだと思います。

 話を戻しますが、同好会のメンバーが違和感を感じているのはきっとこの「スクールアイドルの在り方」についてなのだと思います。おそらくランジュは「アイドルをするのだから、質の高いサポートを受け、万全の環境で活動するのは当たり前」と考えていますが、確かにアイドルをするならそれらは非常に重要なことだと思います。しかし、それは「アイドル」であっても「スクールアイドル」ではないのかもしれません。
 作中でかすみちゃんが言っていた「かすみんのライブは、かすみんにしかできない」という言葉には、ただパフォーマンスをするのは自分だからというだけではなく、様々な準備や練習を経て自分の想いを詰め込んだ、自分だけが作ることのできるたったひとつのライブという意味が込められていたように感じます。たとえ技術が劣っていたとしても、気持ちは絶対に負けない、気持ちだけはプロの作ったそれよりも上回るものを作り上げてみせる。そのような信念が、同好会のメンバーを含めスクールアイドルたちにはあるのではないでしょうか。だからこそ、自分と関わりの薄いプロの力を借りて活動するスクールアイドル部よりも、辛いときも楽しいときも共に過ごしてきた仲間たちと活動するスクールアイドル同好会の方が自分らしく輝ける場所だと言えるのでしょう。

 私は、スクスタのセカンドシーズンは「スクールアイドルとはなにか?」という根本的な部分を再認識する場なのだと考えています。多様なスクールアイドルが登場しているオールスター作品のスクスタだからこそ、「スクールアイドルとはなにか?」という問いに向き合う必要があり、また意義があるのではないでしょうか。

アニメ虹ヶ咲の感想文 5話 -エマ・ヴェルデちゃんと朝香果林ちゃんの想い-

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のアニメ5話を視聴しました。エマちゃん回ということで留学の話を絡めてくるのかなと思っていましたが、エマちゃんと果林ちゃんの関係を描いた回になりました。そのため、今回は果林ちゃんのことも含めてアニメの内容に触れていこうと思います。

 冒頭で、エマちゃんが虹ヶ咲学園で初めて出会った生徒が果林ちゃんだということがわかりました。アニメ内ではスクスタよりも絡みの多かったふたりですが、この出会い方はかなり意外でした。エマちゃんのことをずっと「親友」と言っている果林ちゃんですが、エマちゃんと果林ちゃんの交流はその後の学食で同席する場面から始まりました。騒がしいのが嫌いだと言っている果林ちゃんが、エマちゃんの同席を許しているところをみると、果林ちゃんにとってもエマちゃんの存在は少し特別だったのか、ひとりくらいは平気だろうという気まぐれだったのか、それはわかりません。紆余曲折を経て、現在ではエマちゃんと果林ちゃんは親友となっているわけですが、お互いがお互いにとってかけがえのない存在となっているのは間違いないと思います。
 エマちゃんといえば優しく温かな性格が特徴の子です。たくさんの兄弟姉妹を抱えるお姉ちゃんだということもあり、同好会のなかでも特に面倒見のいい子でもあります。それは彼女の目指す「心をぽかぽかさせてくれる」スクールアイドルにもよく現れていて、他のメンバーからもエマちゃんらしいと言われていました。
 しかし、エマちゃんが同好会で活動する時間が増えるにつれて、果林ちゃんはエマちゃんから距離を置くようになってきます。最初は果林ちゃんの考えていることが分からなかったエマちゃんでしたが、雑誌に挟まっていたアンケートに書かれていた果林ちゃんの本心を見て、果林ちゃんを街に連れ出します。この時のエマちゃんには強引さがあり、先述した性格とは異なるものなのですが、スクールアイドルになるために単身で日本に来ているところから、自分がやると決めたことはやるという意思の強さももっているのでしょう。果林ちゃんを連れ出したエマちゃんはお台場のいろんな所を周りました。それは果林ちゃんがアンケートの「休みにやってみたいことは?」に書いていた「友だちと思い切り遊ぶ」ことを叶えるためです。
 最後に、ふたりはお台場の「日本科学未来館」にある地球儀の前で向かい合います。アンケートを渡し、果林ちゃんの心を温めてあげられなかったことを悔い、果林ちゃんのことをもっと知りたいと言うエマちゃん。それに対して果林ちゃんは、同好会のメンバーと関わるのが楽しかった、でも、それは自分のキャラじゃない、クールでカッコつけて大人ぶっているのが朝香果林なのだと言います。そんな果林ちゃんに対して「どんな果林ちゃんでも、笑顔でいられればそれが一番だよ」と、後ろからハグをしながらエマちゃんは語りかけます。この後、エマちゃんのライブシーンになるのですが、振り返った果林ちゃんの顔に光が当たっているのがとても印象的でした。
 そこで披露されたのが「La Bella Patria」直訳すると「美しい故郷」という曲です。果林ちゃんが選んでくれた衣装を身にまとい、会場をエマちゃんの故郷であるスイスのような豊かな草原や花で彩ったステージとなっており、ライブ中に挟まれる映像は誰かと一緒に遊んでいるような構図になっています。科学という、理屈を象徴するようなものを扱う場所で、それを包み込むように緑が広がっている様子は、今の果林ちゃんとエマちゃんを表しているように感じました。

 この後、エマちゃんと果林ちゃんは仲直りをし、果林ちゃんが同好会に加入したところで今回の話は終わりなのですが、なぜ人と距離を置いていた果林ちゃんがエマちゃんと親友になったのでしょうか。果林ちゃん自身、元々賑やかなことが苦手だったのかもしれませんが、それ以上に先述した「朝香果林というキャラ」に縛られていたのが、人付き合いを避けていた大きな理由なのでしょう。「クールでカッコつけて大人ぶっている朝香果林」なら、人と馴れ合ったり、笑い合うことはしないと自分で自分のイメージを凝り固めていて、本当は誰かと遊びたいと思っていても、そのイメージを壊すことができなかったのです。それだけに、自分のことを全く知らない留学生のエマちゃんは、そういったイメージをもたずに接することのできる人物だったのでしょう。「朝香果林というキャラ」に対してではなく「朝香果林」というひとりの女の子として関わってくれたのは、少なくとも虹ヶ咲学園ではエマちゃんが初めてだったのだと思います。散らかっている部屋、という「朝香果林というキャラ」にそぐわないものをエマちゃんには自然と見せているところからも、果林ちゃんにとってエマちゃんが「朝香果林」を見せられる数少ない人物なのだということがわかります。
 また、「どんな果林ちゃんでも笑顔でいられればそれが一番だよ」と言った場面では、「朝香果林というキャラ」と「朝香果林」、どちらも果林ちゃんにとっては大事であることをエマちゃんは理解していて、イメージに縛られるのではなくただ笑顔でいてくれればいい、と果林ちゃんをそのまま受け入れてくれるような安心感があり、そんなエマちゃんだからこそ果林ちゃんの素直な笑顔を引き出せているのだと感じました。

 今回は優しいながらも我の強いところを見せたエマちゃんと、完璧なように見えて不器用なところを見せた果林ちゃんというふたりにスポットが当てられ、途中すれちがいはありましたが、最後はお互いの素直な想いをぶつけ合うことで仲直りができました。王道な展開ではありますが、こういう回はいつも前半で心にダメージを負って、後半でもなかなか傷が癒えないので個人的にはちょっと苦手です。とはいえ、とてもいい回だったのは間違いなかったので、次回の璃奈ちゃん回を楽しみにしながら、また一週間を過ごそうと思います。

校内シャッフルフェスティバルの個人的な選曲

 スクスタ1周年を記念したイベントとして2021年の3/20、3/21に行われる「ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 校内シャッフルフェスティバル」。そこでは、それぞれの1stソロ曲を、ファンの投票によってシャッフルして自分以外のメンバーのソロ曲を歌うという試みがなされます。遠からずこういった試みはなされると思っていましたが、スクスタ1周年というタイミングはちょうどよかったのではないかと思います。
 さて、その投票ですが、正直かなり悩みました。1stソロというと、そのキャラの代名詞ともいえる曲たちばかりで、他のキャラが歌った場合どのような形になるか、キャラのイメージに近いものを選ぶか、もしくは全く違うイメージの曲にするか、など難しい点は多々ありましたがそれを遥かに超えるほど考えるのが楽しくもありました。選曲が他のキャラと被っても良いとのことでしたが、今回は被らせずに全ての曲を誰かが歌うように考えました。投票ページに選曲の理由記述欄があったのですが、とても300字では書き切れないのでここに書いていこうと思います。

 ① 上原歩夢「あなたの理想のヒロイン」
 ② 中須かすみ「ドキピポ☆エモーション」
 ③ 桜坂しずく「ダイアモンド」
 ④ 朝香果林「CHASE!」
 ⑤ 宮下愛「Starlight」 
 ⑥ 近江彼方「Evergreen」
 ⑦ 優木せつ菜「決意の光」
 ⑧ エマ・ヴェルデ「眠れる森に行きたいな」
 ⑨ 天王寺璃奈「めっちゃGoing!!」
 ⑩ 三船栞子「夢への一歩」

 ①上原歩夢「あなたの理想のヒロイン」
 ほぼ曲名で決めました。曲調もさることながら、「あなた」の「ヒロイン」になりたい、というのが歩夢ちゃん自身と非常にマッチしていると感じました。「あなたの理想のヒロイン いつの日にかなれますように」という言葉は、幼なじみのことは本当に大好きな歩夢ちゃんなら、しずくちゃんとはまた一味違った意味をもつように思います。また、歩夢ちゃんがしっとりとした曲を歌うとどんな表現をするのか、という興味もあります。特に間奏部分のパフォーマンスには期待しています。

 ②中須かすみ「ドキピポ☆エモーション」
 一番悩みました。推し補正もありますが、かすみちゃん=ダイアモンドというのがあまりにも強く、他の曲ならどうなるかがあまり想像できませんでした。強いて挙げれば「ドキピポ☆エモーション」なら、ぴょこぴょことした動きが多く、観客にコールを求める箇所も多いので、かすみちゃんのイメージにも合う点が多いのではないかと思います。表情豊かなかすみちゃんが、感情が顔に出にくい璃奈ちゃんの曲を歌うというのも、璃奈ちゃんが曲に込めた感情を表してくれそうでいいのではないでしょうか。それとは別に「かわいいから」と「かすみんボード」とか作りそうですけどね。

 ③桜坂しずく「ダイアモンド」
 今回の選曲で最もギャップがある選曲だと思います。しずくちゃん自身は演劇の経験を活かしてどんな曲も無難にこなせそうなイメージがあるので、普段のお淑やかな姿から一転して賑やかであざとい姿を見てみたいと思いました。作中でも絡みの多いふたりですし、かすみちゃんの仕草をよく観察していそうですから、パフォーマンスの精度も高そうです。蛇足ですが、虹ヶ咲のキャストの方々がみんなかすみん(というより、ぶりっ子のかすみんを演じる相良さん)のモノマネが好きそうなので、その意味では「ダイアモンド」は激戦曲のひとつでした。その点においても前田佳織里さんのモノマネが好きなのが選んだ要因の一つでもあります。

 ④朝香果林「CHASE!」
 最初から決めていた曲のひとつです。負けず嫌いな果林ちゃんがせつ菜ちゃんをライバル視しているところが作中で描かれており、前を走るせつ菜ちゃんを追いかけるという意味も込めて選びました。「Fire bird」の衣装で赤色が映えていたのも選んだ一因ですね。「悩んだら君の手を握ろう」「なりたい自分を我慢しないでいいよ」といった歌詞も、せつ菜が前から手を差し伸べるようなイメージなら、果林ちゃんは後ろから背中を押してくれるイメージを感じ、違った雰囲気を味わえるように思いました。中の人の話をしてしまうと、久保田さんがこういった熱い曲を歌うイメージが全くないので、それを楽しみにしているというのもあります。

 ⑤宮下愛「Starlight」
 ほぼ中の人で決めました。元気いっぱいなパフォーマンスが魅力な愛ちゃんが、果林ちゃんの艶やかなパフォーマンスをするのを楽しみにしているのはもちろんありますが、それ以上に久保田さんへのリスペクトが熱い村上さんにこの曲をやってほしいというのが一番の理由です。Diver Divaとしてユニットを組んでいるときに果林ちゃんと愛ちゃんは「月と太陽」と真逆の存在に喩えられているので、そういった意味ではこの選曲も大きなギャップをもっていると言えます。

 ⑥近江彼方「Evergreen」
 相互交換にならないようにしたかったのですが、彼方ちゃんとエマちゃんは仕方ありませんでした。羊のモチーフがよく使われている彼方ちゃんに、スイスの草原地帯をイメージさせるこの曲は非常にマッチしていますし、姉としての包容力も持っているので最初からこれしかないと思っていました。エマちゃんとはまた違った優しい声色で、暖かな草原でお昼寝をするような想像をしています。

 ⑦優木せつ菜「決意の光」
 大きな志をもつ戦友という繋がりで選びました。生徒会選挙を経て、迷いや新たな出発を味わったせつ菜ちゃんなら、この曲に込められた想いを汲み取った上で自分なりの発信をすることができると思いました。力強く、そしてまっすぐな曲に、せつ菜ちゃんの歌声が乗れば、深紅色の光を放ってくれるに違いありません。また、スクールアイドルを始めたばかりの栞子ちゃんに対して、スクールアイドルとして走り続けてきたせつ菜ちゃんという対照的な構図になるのも魅力だと思います。あと、楠木さんの落ちサビの歌い方がこの曲とあっているように感じているので、どのようになるか歌ってほしいと思っていたりもします。

 ⑧エマ・ヴェルデ「眠れる森に行きたいな」
 彼方ちゃんの項で述べたとおりこの曲しか考えられませんでした。以前、エマちゃんの子守唄企画があり、とても柔らかな声だったのでこの曲しかないだろうと思いました。彼方ちゃんが子守唄としてこの曲をエマちゃんにリクエストしているとかだったら素敵ですね。普段は彼方ちゃんを寝かしつけることの多いエマちゃんが、自分が寝る歌を歌うというように考えれば、ある意味この曲もイメージと真逆の曲と言えるかもしれません。

 ⑨天王寺璃奈「めっちゃGoing!!」
 しずくちゃんと同じくギャップの大きそうな選曲ですが、私としてはそんなにギャップはないのでは、と感じています。元々、表現するのが苦手なだけで感情豊かであり、それゆえに人とのつながりを大事にしている璃奈ちゃんにとって、みんなを笑顔にする愛ちゃんの曲との親和性は高いのではないでしょうか。ダンスに関しても、表情で表現できない部分を動きで表現していた璃奈ちゃんなら、体を目一杯使った愛ちゃんのダンスもできると思います。また、璃奈ちゃんにボードでの感情表現を示してくれた愛ちゃんという恩人の曲を歌ってほしいという思いもあります。

 ⑩三船栞子「夢への一歩」
 真っ先に思いついた組み合わせです。栞子ちゃんも正にいま「夢への一歩」を踏み出したばかりです。そして、その一歩を踏み出す手助けをしてくれたのが歩夢ちゃんで、歩夢ちゃんと栞子ちゃんは作中で互いに苦しんでいる時も支え合っていました。そんな関係にあるからこそ、同好会のメンバーの中でも歩夢ちゃんは栞子ちゃんにとっては特別な存在で、歩夢ちゃんの気持ちを深く知っているからこそ表現できるものもあると思います。「諦めなければ夢は逃げない」という歌詞も、どんなスクールアイドルになるのか悩んでいる栞子ちゃんへのエールとも捉えられるので、この曲はぜひ栞子ちゃんに歌ってほしいと思います。

 結果がどうなるかはわかりませんが、どのメンバーがどの曲を歌ったとしても、お互いを尊重しあえている彼女たちなら、きっと素晴らしいパフォーマンスになると信じているので、結果を楽しみにしながら、可能ならば現地でその姿を応援したいと思います。

アニメ虹ヶ咲の感想文 4話 -宮下愛ちゃんの想い-

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のアニメ4話を視聴しました。今回は宮下愛ちゃんにスポットが当たった回で、「ソロ活動」という虹ヶ咲の根幹に関わる話もされています。また、いよいよ同好会の活動が本格的になり、メンバーそれぞれの行動や関わりが部活動を通して描かれることが増えてきました。そのため、今回はこれまでと比べて侑ちゃんの出番が少なかったかと思います。

 今回の話は、前回のせつ菜ちゃんが屋上で行ったライブを観た愛ちゃんと璃奈ちゃんがスクールアイドル同好会に入部するところから始まります。その後すぐに、今後の同好会の活動についての話し合いに参加をするのですが、周囲がそれぞれのスクールアイドル像に基づいた意見を出す中で、「とにかく楽しいのがいいかな」という意見を出します。これはスクールアイドルについての知識を持たない愛ちゃんだからこそ出てきた意見であり、最も大事なことでありながら忘れがちな「楽しむ」ということを再確認できた場面だったと思います。
 その後、かすみちゃんによって開催された講義「スクールアイドル害論」改め「スクールアイドル概論」では、「スクールアイドルに必要なこととは何か?」という問いに対して「わからない」と愛ちゃんは答えます。かすみちゃん曰くこの問いに明確な答えはなく、ファンが喜んでくれることならなんでも正解になるそうで、それを愛ちゃんは「奥が深い」と感じます。(余談ですが、ここのメガネかすみんや「合格!」と言うかすみんめっちゃ可愛いですよね。)

 愛ちゃんは入部してすぐに、個性あふれる同好会の良さを感じ、このメンバーで行うライブに期待を高めます。ここでの愛ちゃんはライブとはグループ全員でやるものだと考えていましたが、それぞれの個性を生かすためにソロ活動を行おうとする同好会ではひとりでステージに立たなければいけません。答えが限られる学校のテストや、決められたルールが存在するスポーツと違い、スクールアイドルにはそれぞれの答えがあり、それぞれの正解があります。先ほど「奥が深い」と感じていたスクールアイドルの多様性に、自分だけのスクールアイドル像を見つけられていない愛ちゃんは不安を感じます。
 これまで愛ちゃんが助っ人をしてきたスポーツは全てチームで行うものだったようですが、そういったスポーツは個人の動きもさることながら、それ以上にチームとしての動きが重要視されます。チームでの動きは必然的に統一感が求められ、個人での自由な動きは控えなければなりません。しかし、スクールアイドル同好会では、むしろ個人の動きが重要になり、他のメンバーはその中で自分だけのパフォーマンスを行おうとしています。だからこそ、自分だけのパフォーマンス=自分だけの正解を見つけられていない愛ちゃんは悩んでしまうのでしょう。

 そんな愛ちゃんは、土曜日のランニングで集合時間より一時間早く、集合場所のレインボー公園に着きます。ランニング中の言葉こそありませんが、きっと彼女の中にはスクールアイドル活動についての不安や悩みが渦巻いていたのだと思います。早めの時間から走り始めたのも、漠然とした焦りによるものだったのかもしれません。
 しかし、橋の上でエマちゃんと会ったことで転機が訪れます。「いろいろあって、ようやくスタートラインに立ったばかり」で「不安で、でも本当はそれと同じくらいこれからに期待している」、エマちゃんは他の部員たちも不安を感じていると言います。そうして悩んでいる他のメンバーと愛ちゃんに違いはなく、裏を返せば愛ちゃんも「これからに期待している」のでしょう。そして、愛ちゃんが来てからは同好会の笑顔が増え、それを無自覚にできているからすごい、というエマちゃんの言葉を聞いて、愛ちゃんは自分だけの正解のヒントを見つけます。
 「周囲を笑顔にできる」、しかもそれを自然と行えるのは愛ちゃんの立派な個性であり、楽しいことが大好きな彼女にとってそれはとても素敵なことです。だから、愛ちゃんは「楽しいをみんなと分かち合えるスクールアイドル」を目指します。そうして橋から公園へと駆け出す彼女の姿は、これからの「未知なるミチ」への期待を胸に、楽しさいっぱいの表情でした。

 公園で披露された愛ちゃんのソロ曲「サイコーハート」は、チア風の衣装を着た愛ちゃんが明るい歌とダンスで、自分もファンも笑顔にする楽しさいっぱいの曲でした。ダジャレを交えた歌詞は、とても愛ちゃんらしいもので、愛ちゃんだけにしかできないステージがそこにあったと感じました。公園という、老若男女問わず様々な人々が集まる場所でパフォーマンスをするのも愛ちゃんならではだと思います。
 パフォーマンス後は、見てくれた人たちの笑顔や拍手を受けて「ひとりじゃない!」と実感します。これは愛ちゃんだけでなく同好会全員にとっても重要な点で、彼女たちは確かにステージではひとりですが、応援してくれるファンや、共に活動する同好会の仲間たちがいつも側にいてくれる、決して独りでステージに立つわけではない。このことは、ソロ活動を主とする虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の要となる考えだと思います。

 ちなみにこれは明確な根拠のない話になりますが、愛ちゃんは人一倍、独りになることへの不安が強い子だと思います。誰とでも友達になれて、常に人の輪の中にいる、そんな愛ちゃんだからこそ、ひとりでステージに上がらなければならないソロ活動に不安を感じていたかもしれません。
 また、途中で出てきたテストの点数やソロ活動への葛藤を見てわかる通り、愛ちゃんは頭が良く、物事を深く考えることのできる人物でもあります。無鉄砲に前へ突き進むわけではなく、ステージ上で失敗したり、自分だけのパフォーマンスではファンを満足させられないのではないかという考えも頭の中にあり、そんなときに仲間が周りにいないことを想像すると、先述したソロ活動の不安に拍車をかけているのかもしれません。
 と言っても、これらは全て「友だちを大事にする」という愛ちゃんの美点に繋がるものであり、様々な状況を加味した上で前向きな考えができるのは愛ちゃんの大きな魅力だと思っています。

 明るい人柄で周囲の人々を笑顔にできる闊達な愛ちゃんと、問題に対して心配や不安を抱えて葛藤する愛ちゃんというふたつの愛ちゃんが見事に表現されていて、ただ前向きなだけのキャラではないことがわかるとてもいい回だったと思います。次回はエマちゃん回のようですが、正直メンバーの中で最も読めない回だと思っているので、来週を楽しみに待っていたいと思います。