アニメ虹ヶ咲2期の感想文 with YOU

 アニメ「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の2期8話を視聴しました。自分の中のトキメキを見つけ、TOKIMEKI Runnersと共に走り出すことができた侑ちゃんが描かれた回でしたが、それと同じくらいランジュちゃんにも大きな動きが見えた話でもありました。

 私は、このアニメにおいて主人公となっているのは侑ちゃんとランジュちゃんであり、二人は正反対の存在として描かれていると思っています。スクールアイドルとファンという立場の違いはもちろん、才能の有無や性格も正反対と言っていいでしょう。その中でも最も大きな違いが「仲間と呼べる存在の有無」なのは間違いありません。
 同好会のメンバーをはじめとして、栞子ちゃんやミアちゃんも侑ちゃんに協力するようになるなど、次々と仲間を増やしていきます。それに対してランジュちゃんは、数少ない(あるいは唯一の)親友だと思っていた栞子に知らない一面があることを知ってショックを受けたり、ミアちゃんとはあくまでビジネスパートナーといった関わりをとっていたりと、人との繋がりがどこか希薄な印象を受けます。

 では完全に正反対なのかと言えばいくつか共通点もあると思っています。同好会のメンバーのことが大好きなのもそうですが、彼女たちはどちらも「人を惹きつける才能」をもっていると私は考えます。
 とはいえその中身は少し違っていて、侑ちゃんの場合は「協調」や「懇親」といった感じですが、ランジュちゃんの場合は「羨望」や「憧憬」といった感じだと思います。
 自分一人で何か特別なことはできないけれど、だからこそ周囲の人々と支え合って対等な関係の輪を広げていった侑ちゃんに対し、「孤高」と表現されたように誰の手を借りずとも卓越したパフォーマンスを行い、たったひとりで人々を魅了するランジュちゃん。同じ才能であってもその方向性は違っており、その違いこそが「ファン」と「スクールアイドル」という違いを作っているのかもしれません。

 スクールアイドルフェスティバルを終え、これから物語は佳境に入っていくことでしょう。今後のランジュちゃんの動向、そしておそらく次回からスポットが当たっていくミアちゃんの描かれ方にも期待が高まります。

アニメ虹ヶ咲2期の感想文 昨日までの私はいないから

 アニメ「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の2期7話を視聴しました。推しキャラである栞子ちゃんの回ということもあり期待と不安を交互に感じながら観ていましたが、結論としてかなりモヤモヤした気持ちを抱いて終わりました。

 本題に入る前に前提としてなのですが、アニメの構成としてはこれ以上ないほど綺麗にまとまっていたと思っています。栞子ちゃんのキャラとして「姉への憧れ」「やりたいことよりやるべきことを優先する」といった要素は不可欠だと思っていますが、スクスタで半年以上の時間をかけて描かれていたことを1話に収めていたことは素直に驚きました。
 栞子ちゃんの力があったからせつ菜ちゃんがスクールアイドルを続けていられるというのもアニメとスクスタで差異はあれどしっかり描かれていましたし、薫子さんのスクールアイドル時代を描くことで栞子ちゃんが姉を慕っていたことがより深く伝わってくる、三船栞子というキャラクターを紹介しつつ同好会の加入までを描くという点においては非常に円滑な話であったと思います。

 しかし、仮にアニメで始めて栞子ちゃんを見たとして、栞子ちゃんを今のように推していたかというとそうではないように思えます。

 スクスタでの栞子ちゃんは「適性」を重視するあまり融通が効かず、他者の行動を曲げてでもその人の適性にあったことをさせる少女でした。同好会を廃部にしようとしたり、スクールアイドルを無駄なものと決めつけていたりした彼女が、様々な人との衝突や同好会との交流を経て「やってみたい」という気持ちを胸にスクールアイドルへの一歩を踏み出す、というのがスクスタの1年目に描かれた栞子ちゃんです。
 私はこの栞子ちゃんに強く心を打たれました。いつも相手のためを想って行動しているのに、それが受け入れてもらえない。見え隠れする自分の想いに素直に向き合うことができない。そんな真面目で優秀だけど不器用な彼女が様々な葛藤と戦いながら、スクールアイドルから背中を押され手を差し伸べられ、小さな、でも確かな一歩を踏み出した。非生産的だと考えていた「興味」に突き動かされ、未知への不安を感じながらも前へと進んでスクールアイドルを始めた三船栞子というキャラクターが大好きになりました。

 確かにアニメは綺麗にまとまっていました。しかし、綺麗にまとまりすぎていた、とも感じています。スクールアイドルに惹かれていくと共に自分自身も成長していく彼女に魅力を感じていた私にとって、アニメの展開は些か速すぎました。

 また、栞子ちゃんというキャラクターの価値観自体が侑ちゃんへのメッセージ性をもっているものとして扱われているのも少し気になってしまいました。ランジュちゃんが「自分のやりたいことに集中するべき」と侑ちゃんに言ったように、栞子ちゃんの「身の丈に合わないことに入れ込むより、向いていることだけに全力を尽くす」という言葉も、音楽科での成績が伸び悩んでいる侑ちゃんに突き刺さる言葉だったと思います。
 正直なところ私が気にしすぎているだけなのですが、「スクールアイドルに夢を与えられた人がどのような道を歩むのか」というストーリーのゴールへ向かうための一つの通過点として栞子ちゃんの価値観が使われているように感じてモヤっとしました。

 先述したとおり、アニメが悪かったとは全く思っていません。裏方として文化祭とスクールアイドルフェスティバルの開催に尽力し、幼い頃から抱いていた姉とスクールアイドルへの憧れをひとりでステージに立って結実させた栞子ちゃんはとても輝いていました。
 それでもやはり、結局うまく言葉にすることはできないのですが、私はスクスタで輝いている栞子ちゃんの方が好きなのです。

アニメ虹ヶ咲2期の感想文 大好きを貫く

 アニメ「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の2期6話を視聴しました。今回は生徒会長である中川菜々とスクールアイドルである優木せつ菜の「大好き」に迫る内容であり、スクスタの設定とは異なるアニメ独自の設定が展開されていました。

 スクスタでは生徒会長としての職務とスクールアイドル活動の両立に悩み、結果としては生徒会長を栞子ちゃんが担うことでスクールアイドル活動に専念することになったせつ菜ちゃんでしたが、アニメではその二つを完璧に両立することを選びました。
 その決断をした場所が1期3話で優木せつ菜としての復活を遂げた場所であり、1期にてせつ菜ちゃんに背中を押されて侑ちゃんとのわだかまりを解消できた歩夢ちゃんが、その時かけられた言葉をそのまませつ菜ちゃんに返す形でお返しをするのが印象的でした。
 複数の学校でスクールアイドルフェスティバルを合同開催するというアイディアも、学校とスクールアイドルの両方が大好きなせつ菜ちゃんが、他人を頼ることができるようになって初めて生まれるものだったのだと思います。

 そんなせつ菜ちゃんがA•ZU•NAのステージで中川菜々=優木せつ菜であることを明かし、披露した『Infinity!Our wings!!』ですが、一つとても印象的だった歌詞があります。「たくさんの可能性とかくれんぼしたよ」という歌詞にある「かくれんぼ」について、これまで私は「かくれんぼ」といえば「何かが隠れていること」を象徴する言葉だと思っていたのですが、この曲においては「隠れているものを探す」という意味で使われているように感じました。今話のせつ菜ちゃんが両方の大好きを貫くという可能性を見出したことにも、A•ZU•NAが自分たちのやりたいことを自由に表現していく可能性をこれから探していくことにも繋がっている素晴らしい歌詞であると感じました。

 今回でひとまず現同好会メンバーのユニットを絡めた話はひと段落し、次回からはいよいよ新キャラである栞子についての話が展開されていきそうです。スクスタとは大きく設定が変更されていそうな彼女がアニメでどういった活躍を見せるのかとても楽しみです。

アニメ虹ヶ咲2期の感想文 わたしの好きなこと

 アニメ「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の2期5話を視聴しました。A•ZU•NA回ということで特にしずくちゃんに焦点が当てられた回でもありました。

 同好会のユニット活動に触発されてか歩夢ちゃんとせつ菜ちゃんによるユニットを考えていたしずくちゃんでしたが、ランジュちゃんが侑ちゃんに向けて言った「周りに自分の夢を重ね合わせてるだけ」という言葉に衝撃を受ける場面がありました。作中で歩夢ちゃんとせつ菜ちゃんによる演劇を考えていたことを、自分の好きなことを押し付けているだけだと感じていたしずくちゃんでしたが、演劇が好きで演じることで自分を表現するしずくちゃんにとっては誰かに自分を重ね、自分に誰かを重ねることは不可欠なことだと思います。即興劇を通じて自己表現の楽しさを再認識できたしずくちゃんと、歩夢ちゃんせつ菜ちゃんによるユニット結成となり、彼女達の自由な始まりを感じさせるものでした。

 他のユニットがそれぞれ同好会の側面を表していたように、A•ZU•NAは「自分の好きなことで自分を表現する」という面を表していると思っています。それぞれがそれぞれの好きなことを表現しあい、ユニットとしてまとまりつつも自由に活動するのがA•ZU•NAの特色です。
 なぜ自由にやっていてもまとまりが生まれるのかというと、好きなことは違えどそれに一途なメンバーが集まっているからだと私は思います。お互いの好きなことを完全に理解することはできなくともそれに向ける一途な熱量は理解することができるので、それぞれが好きなことをやっていてもそれを尊重しあえているのでしょう。

 A•ZU•NAとしての楽曲披露は次回以降になりましたが、現同好会のユニットが出揃い、これまでソロ活動してきたメンバーがユニット活動という選択肢を得たことでどのような進化を遂げていくのかが楽しみです。

 

 

 

 余談ですが、Cパートで栞子ちゃんが中川菜々=優木せつ菜であることに勘づく場面がありました。ここから栞子ちゃんが生徒会長になり、同好会に加入していくという流れになるのだと思いますが、アニメの話数的にも折り返し地点で栞子ちゃん・ミアちゃん・ランジュちゃんの加入を綺麗にまとめられるのか少し心配になっています。

アニメ虹ヶ咲2期の感想文 楽しいの天才

 アニメ「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の2期第4話を視聴しました。前回がQU4RTZ、今回がDiverDivaと2期の同好会はユニットを主体に展開していくようです。今回は特に愛ちゃんへスポットが当たった回であり、誰に対しても分け隔てなく接する彼女の原点とも言えるような存在の登場もありました。

 スクスタにおいても何度か登場している美里さん。スクスタでは最初から一貫して愛ちゃんのファンでいた彼女でしたが、アニメでは愛ちゃんがスクールアイドルを始めたことで自分から愛ちゃんが離れていってしまうのではないかという恐怖や不安から愛ちゃんを遠ざけるような態度を見せていました。その時に発せられた「『楽しい』がわからない」という言葉は、自分と相手の「楽しい」を共有して笑顔を作り出していく愛ちゃんの芯を揺るがす言葉だったと思います。
 そんな愛ちゃんに対して煽るような言葉で本心を引き出しステージへの復帰を促し、DiverDivaとしてユニットを組むに至らせたのが果林ちゃんです。励ましたり寄り添ったりで相手を元気づけるメンバーが多い同好会の中で、相手のことを想って厳しい態度をとることのできる果林ちゃんの存在は重要であり、相手を傷つけないようにするために自分を押し殺そうとしていた愛ちゃんに「まっすぐ相手とぶつかっていく大切さ」を態度で示しているようにも感じました。

 QU4RTZがスクールアイドル同好会の「仲間」としての面を強く出しているユニットだとするなら、DiverDivaは「ライバル」として面を強く出しているユニットであると思っています。互いに負けず嫌いな性格で、同じステージの上でも競い合うようなパフォーマンスをするDiverDivaは正しく「仲間だけどライバル」を体現しているユニットと言えるでしょう。アニメでのライブステージが格闘技のリングを思わせる造形だったのも、一対一の戦いを行い、観ている人々を熱狂させるという点で共通点があるからなのではとも思いました。

 さて、今回の話で愛ちゃんが大きく変わったのかと言えばそうではありません。相手の嫌がることは絶対にしないということを意識するあまり自分よりも他人を優先してしまうところがあった愛ちゃんが、自分の本心をぶつけることを知ったというただそれだけなのだと思います。逆に言えばこれまで愛ちゃんは相手のことを常に考え続けており、それを続けることを全く苦にしないどころかそういった大変なことすらも楽しんでいたのかもしれません。
 どんなときでも「楽しい」で自分ごと周りを包み込んでいた彼女は、今回初めてぶつかった壁をライバルと一緒だったからこそ壊すことができ、どんな困難に対しても誰かと一緒なら楽しく乗り越えていけることを見せつけました。うまくいかないことがあっても、最後には笑顔で楽しかったと言える彼女は本当に『楽しいの天才』なんだなと、改めてそう思いました。

アニメ虹ヶ咲2期の感想文 重なる声、重なる想い

 アニメ「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」2期の第3話を視聴しました。前回に引き続いてQU4RTZの4人に焦点が当てられた話で、ソロアイドル達がユニットを組むというのがどういうことなのかを示す話でもあったと思います。

 それぞれのメンバーがそれぞれの持ち味を生かして活動しているのがスクールアイドル同好会の特長であり、ユニットを組むにあたって一つの方向にまとまることに課題があることが描かれていました。ここで誰かが折れて誰かの世界観に合わせようとしないのは、1期を経た成長が見えた部分であり、自分の意見を言い合うことを恐れず信頼し合えているメンバーの関係も見えてくるところだと感じました。
 特にQU4RTZの4人は周囲の状況を見ることに長けているメンバーが集まっているユニットであり、お泊まり会でも自分のこと以上に他のメンバーの良さに気づいていくところが描かれていました。だからこそ、QU4RTZの楽曲では自分の声を表現しつつ4人の声を重ね合わせた美しいハーモニーを響かせることができているのだと感じました。

 そして、アニメでは同好会のスクールアイドルだけでなく侑ちゃんについても描かれています。夢を見て夢に向かって進んでいくにつれて「自分らしさ」とはなんなのか、自分は何をすればいいのかを考える場面が増えてきました。スクールアイドル同好会で活動する中で自らの特色を理解してそれを表現するスクールアイドルを間近で見てきた1期を経たことで、他者と自分を比べて焦りや不安を感じているのはアニメの中でありながら等身大の高校生として描かれています。
 ミアちゃんの「求められるものを作る」という考えに対して、同好会の「自分のやりたいように作る」という考えは対極にあるようですが、実際はどちらも欠かすことのできない要素だと思います。誰かが歌うために作曲する以上はその曲を歌手の求める曲を作る必要があるのはもちろん、その曲を作るのは作曲者であり作曲者本人の良さが入っていることで他の誰かが作ることのできないその人だけの曲が生まれるのではないでしょうか。これはスクールアイドルの見せる自己表現と同じだと思いました。

 また、今回のランジュちゃんからはスクスタとは違ったキャラクター性が現れていました。栞子ちゃんと話している場面での表情がとても楽しそうで、自分のライブに栞子ちゃんを誘うときには今までにないほど柔らかな顔をしていました。この場面から、アニメのランジュちゃんはスクスタほどの博愛性を見せず、幼い頃から関わりのある栞子ちゃんを特別視しているように感じました。スクスタにおいてもランジュちゃんは栞子ちゃんのことを「親友」と呼んでおり「友だち」とは一線を画す存在として見ている描写はありますが、アニメではそれがより顕著に描かれているのだと思います。
 栞子ちゃんの方からランジュちゃんを特別な友だちとして見ている描写はまだ見えていないので、この二人の関係がどのように進んでいくのかも今期の大きな見どころの一つではないでしょうか。

 1期ではソロとして個人の活動だけをしてきた同好会のメンバーが、2期ではユニットとして活動することでそれまで見えていなかった自分に気づいていきます。侑ちゃんを含めた同好会の10人が他の9人、栞子ちゃんランジュちゃんミアちゃんの3人、そしてファンの人たちとの関わりを経て、どんな自分を発見していくのかとても楽しみです。

アニメ虹ヶ咲2期の感想文 ひとりでもできること

 『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のアニメ第2話を視聴しました。ランジュちゃんとの関わり方が伝わってくる話であり、ソロ活動を重視している今作品の根幹にも触れる内容であったと思います。

 ゲリラライブを通してソロ活動をしているランジュちゃんの様子を見たかすみちゃん・璃奈ちゃん・彼方ちゃん・エマちゃんの4人がランジュちゃんの部屋でお互いの在り方を話している場面。「自分を証明する」というスクールアイドルをやる理念はランジュちゃんも同好会のメンバーも同じなのですが、ファンとの関わり方だけは意見を違えています。というより、ランジュちゃんは意図的にファンとの距離を取ろうとしているように感じました。
 スクスタからのメタ視点を通してしまいますが、アニメでのランジュちゃんは過去の経験から他人との関わり方において一線を引いているのでしょう。より正確に言うと、適切な一線の引き方がわからないけど傷つきたくないからとりあえず線を引いておく、といった感じでしょうか。ファンとの関わりで自分のパフォーマンスに悪影響が出るかもしれない、と言う割にはファンの声援にはしっかり応えていますし、自分を見に来てくれていることに対して素直に喜んでいます。わざわざスクールアイドル同好会がある虹ヶ咲を選んで留学してきたことからも、心の奥底では一緒に活動したいと言う想いが見えてきます。

 そんなランジュちゃんに対して4人は、ソロではなくユニットで向き合うことにしました。 ブランコを漕いでいる場面では、ブランコの動きが揃うことはないけれど全員が同じ方向を向いていることが虹ヶ咲でのユニットの在り方を象徴しているように感じました。
 また、ブランコといえばこの4人によるユニット「QU4RTZ」の現実世界でのライブで用いられたものでもあり、QU4RTZを象徴するアイテムと言ってもいいのかもしれません。四つの声を重ね合わせることで一つの世界を作り上げていくQU4RTZだからこそ、固く自分の世界だけに囚われているランジュちゃんへ最初に向かっていく存在として最適なのだと感じました。

 今回ランジュちゃんがやったように、ソロアイドルとして活動するのであれば同好会として集団で活動する必要はありません。しかし、それでも同好会が同好会としてソロ活動を行うのには意味があります。それはソロであるからこそ人との繋がりを強く深く感じ、ステージの上に立つのはひとりでもステージを作り上げているのはひとりではないということなのだと思います。
 ひとりでもできるソロ活動をみんなで行う、それが虹ヶ咲という作品の大きな魅力であると私は思っています。それをソロアイドル同士が力を合わせたユニットという形で表現していくのを感じさせる第2話であり、残るふたつの同好会のユニット、そして出番があるかはわかりませんが残るもうひとつのユニットがどのように物語に関わってくるのかがますます楽しみになりました。